昔は、地元の農家が生産したお米や野菜、それを巧みに利用してつくった味噌や醤油などは、地元の商店が販売していました。お客様は顔なじみの店から地元の食べ物を買って食べるという地産地消が当たり前でした。作る人、売る人、買う人、それぞれ顔の見える人へと手渡しした時代には、「こんなにいいものができた」「こういうふうに料理して食べてほしい。」そういう情報もきちんと伝わったでしょう。何より食べ物そのものが健やかで、よほど病気がちな方でないかぎり、わざわざ健康食品をとる必要もなかったに違いありません。
ところが昭和40年代、高度経済成長と呼ばれた頃から、日本の「食」の環境が変わってしまったようです。対面販売の時代にはきちんとつくられていたものが、大量生産のために効率を優先してつくられることが多くなりました。大量販売では、売る人もどこの誰がどうやってつくったのかを知りにくくなりました。ましてや買う人は何の情報も与えられないまま、見映えのよさやイメージだけで買わざるを得なくなりました。
いま店頭に並んでいる食べ物の多くが、色がきれいで形の揃った野菜、パック詰めにされた切り身の魚、いつ食べても同じ味の加工食品です。それらの食品は見かけがよく、調理の手間もかかりませんが、実は食べ物が本来持っていたはずの栄養を失っていることが少なくありません。何より問題なのは、本物らしく見せるための着色料、香料、化学調味料など食品添加物が使われていることではないでしょうか。
そのせいか、昔と同じものを食べているつもりでも、日本の食べ物が以前ほど健康に役立たなくなっているようなのです。日本人の寿命は驚くほど伸びたのに不健康な人が増えているという事実も、健やかな食べ物が失われつつあることと無関係ではないようです。
私たちやずやは、そういうふうに社会全体が大量生産・大量販売の道を突き進みだした頃に、歩み始めた会社です。
流通の都合だけで、お客様が望まない食品を食べさせられる時代だからこそ、安全で健やかな食べ物を、きちんとお客様に手渡ししたいと考えました。そのために、顔の見える誠実な人がつくった健康に役立つ食品を、通信販売でお客様にまっすぐお届けするという方法を選びました。通信販売なら、つくる人の考え方や想いもお客様にきちんとお伝えできます。お客様のご要望を、つくる人に伝えることもできます。やずやが健康食品の通信販売を始めた原点は、まさにここにあります。
おそらく年配の方なら、そばや豆腐のうまいまずいを食べ分けられるでしょう。微妙な味わいがわかる舌は、体にいいものかどうかを無意識に食べ分けられるに違いありません。ところが、いまの子どもたちは味付けの濃いはっきりした味でなくては「おいしい」とは言わなくなっているようです。大人が同じものを食べてみると、とても全部は食べきれないくらいどぎつい味です。試食コーナーではおいしいと思って買ったのに、食卓にのせると調味料の味が舌について食べ飽きてしまうあの味を、子どもたちは喜んで食べているのです。
このままでは、子どもたちは健全な味覚を育てられないまま大人になってしまうのではないかと、とても不安になります。健やかな舌がなければ、自然のものと人工のものの区別もつきません。どのような食品をどれくらい食べればいいのかもわからないでしょう。怖いことに、味の濃い食品は、高脂肪・高カロリー・高塩分・低繊維食に偏りがちだという指摘があります。実際に、従来なら不健康な大人が訴えていた体の悩みを、子どものうちから抱え込んでしまうという恐ろしい問題が起こっています。
やずやは、体にいい食材だけを選び、余計な添加物を入れず、食材を丸ごととれるような商品をつくっています。丹精込めてつくられたものには、噛みしめれば噛みしめるほどわかる微妙なおいしさがあります。いくら食べても食べ飽きることはありません。それが日本の食文化の原点ではないかと思います。
もしかすると、濃い味に慣れてしまったお子さんにはもの足りないかもしれません。でも、毎日食べ続ける食べ物は、生きるための体をつくります。舌だけを満足させる食品ではなく、体が健やかになる食品を、やずやはお届けしたいと考えています。
日本では本物という言葉が何気なく使われています。では、本物とはいったい何なのでしょうか。あらためて聞かれると、その基準がとてもあいまいです。もしかすると、世の中みんながいいと言っているから、有名でよく売れているから、何となく本物と呼ばれているに過ぎないのではないでしょうか。
やずやが考える本物の基準とは、長い年月に耐えていまも残っているものです。やずやはこれまで、たくさんの生産者の方たちと出会いました。気候風土や微生物を巧みに活かし、何百年も前と変わらぬ原料や製法を守り、誠実につくり続けている人たちです。ただ、広く宣伝しているわけでもないので、あまり知られていません。自分に正直につくっているので、時間が余計にかかることもあります。たとえ時代が変わっても、本当にいいものは、そういうやり方でしかつくれないのです。もしも、本当にいいものでなかったら、これほど長い歳月を経て生き続けることはできなかったでしょう。
いまの世の中では、同じ食品でも、つくり方や原料が変わってしまい、昔とはまったく違うものになっていることが少なくありません。それは、利益を最優先するために原料代を削り、手間を省き、時間を節約した結果ではないでしょうか。たとえ十分な色や味や香りを持てなくても、便利で手軽で安価な添加物がいかにも本物らしく見せてくれます。
私たちやずやは、時代遅れだからとか、効率的ではないからという理由で埋もれかけてしまった本物に、できるだけ光を当て商品化してきました。そのよさがすべて科学的に解明されたわけではありませんが、専門家に頼んで調べてみると理にかなったものも数多くありました。時間に磨かれてきたものには、やはりそれにふさわしい価値が備わっていたのだと、あらためて思いました。やずやは、そういう本物を商品としてお客様にお届けしたいと考えています。
昔なら年に一、二度しか食べられなかったような贅沢な料理を、いまは毎日お腹いっぱいになるまで食べることができます。その反省からか、最近は粗食ブーム、和食ブームだそうです。伝統的な雑穀や一汁三菜も見直されています。飽食、過食を当たり前のように続けていると、ごはんとみそ汁と青菜のおひたしというような素朴な食事が恋しくなるのも無理はありません。
しかし、昔はよかったと懐かしむだけでいいのでしょうか。
たとえば昔の子どもは外が暗くなるまで元気に空き地や原っぱで遊び回っていたのに、いまどきの子どもは部屋にこもってテレビゲームをしていると嘆く大人たちは少なくありません。でも、昔のように安全に遊び回れる原っぱがいまどれほどあるでしょう。子どもたちは塾やお稽古ごとに忙しくて、みんなが集まって遊べる時間も持てません。それなのに、昔はよかった、昔の子どもは元気だったと懐かしんでいるだけでは、何の解決にもならないのではないでしょうか。
毎日の食事も同じだと思います。体にいい雑穀ごはんを食べよう、だしをちゃんととってお吸い物をつくろう、味噌や醤油も手づくりしようと思っても、その環境がすでに失われてしまっています。いくら手づくりがいいとわかっていても、材料が簡単に揃わないし、だいいち大人も忙しくて手間をかける時間がほとんどありません。せめて手づくりしている食品を探そうと思っても、店頭に並んでいるものの多くが大量生産されたものです。
やずやは、食品にたずさわる会社として、昔の食事がよかったと言うだけでは無責任ではないかと思いました。そこで、忙しい方にも体にいい食事を無理なく続けていただける食品をつくりたいと考えました。そこから生まれたのが「お達者勇吉」「かしこい一杯」「二年醤油」「家伝熟成味噌」などの商品です。手間をとらず手軽に利用できるので、毎日の食事に活かしていただけます。余分な添加物を加えていないので、安心して食べ続けていただけます。自分たちができることから、少しずつ変えていきたい。やずやはそう考えています。
食品には原料や原産地など食品の素性を明らかにする「食品表示」が義務づけられています。そこに嘘やごまかしがあったとしたら、たとえ故意ではないにしても、企業姿勢そのものが問われても仕方がないことです。
しかし、いまのような大量生産・大量流通では、この問題から逃れることができないかもしれないと思うのです。大量生産では熟成を待つ時間が足りないために、色や味や香りをごまかす食品添加物を使わざるを得ません。自然に左右される野菜を規格品として大量に流通させるためには、遺伝子組み換え品種や余計な農薬を使わざるを得ません。自然の食べ物には限りがあるのに、品切れを避けるためには、産地を問わず調達せざるを得ません。流通の一方的な都合だけで、お客様は望まない食べ物を口に入れることを余儀なくされてきたとも言えるでしょう。これはいまの世代だけの問題ではないのかもしれません。長年食べ続けた親世代から次の子ども世代へと移ったとき、どんな結果になるのか、誰も知らないのですから。
私たちやずやは、これまで生産者のところへ出かけ、必ず栽培方法やつくり方を全部見せていただき、納得できたものだけを商品化するようにしてきました。必要ならば生産者の方々と、やずや専用の畑や工場にする契約を結びました。そうやって品質や安全性を確保するためのコストと努力を惜しまないようにしてきたつもりです。ときには厳しい注文をつけて、生産者の方を困らせたこともあります。でも、お客様の目線で見て不安が残るものをお売りしたくはありませんでした。幸い生産者の方々は私たちの要望をかなえるために努力してくださり、かえっていいものができたという経験もしてきました。
「食べる」ことは「生きる」ことです。安心して食べることができなければ、安心して生きることができないという事実から、やずやは目をそらしたくないと思っています。
やずやでは、商品をつくる前に必ず生産者のところへ出かけ、栽培方法や製法を全部見せていただき、納得できたものだけを商品化するように努めてきました。
商品化の後、今度は社員全員が必ず一度は生産者や工場を訪ねるようにしています。生産者のみなさんがどれほど頑張ってくださっているのか、商品ができあがるまでにどれほど手間ひまがかかるのかを、私たち全員がしっかり理解したいからです。
たとえば個人的な友人や知人から「やずやの『にんにく卵黄』は、本当に青森のにんにくを使っているの?」「やずやの『香醋』のお酢蔵はどんなところにあるの?」と聞かれることもあります。そのときに、自分の目でしっかり見ていれば、自信を持って答えられます。ですから商品担当の社員はもちろん、電話でご注文を受ける担当、商品を発送する担当、コンピュータや経理や総務担当の社員まで、社員は現場を見てきます。地元九州はもとより、遠く青森県へ、さらには中国の鎮江(ちんこう)へと出かけます。
日頃から質問したいと思っていることを尋ね、その答えを聞き逃さないように耳をそばだて、忘れないようにしっかりメモして帰ります。それを各自でまとめてレポートもつくります。とくに商品担当者はお客様からさまざまな質問をお受けするので、そのときにきちんとお答えしなくてはなりません。やはり現場を見たあとは、説明の言葉にもおのずと熱がこもります。確かな事実をきちんとお伝えするために、やずやはこれからも現場主義を貫きたいと思っています。