醤油は古代中国で食品を塩漬けにして腐らないように保存していた醤(ひしお)が始まりです。醤は材料別に、「魚醤(うおびしお)」「肉醤(ししびしお)」「草醤(くさびしお)」「穀醤(こくびしお)」に分けられ、その中でも米・小麦・大豆などを原料とした「穀醤」が醤油のルーツになっています。 |
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| 禅僧であった覚心(かくしん)が中国から持ち帰った径山寺(きんざんじ)味噌から、日本で味噌作りが始まりました。覚心が味噌の製法を村人に教えていたところ、仕込みの間違いで出来た水分の多いみその上澄み液から、おいしい「たまり醤油」ができたようです。 |
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鎌倉時代に生まれた醤油の製法は発展し、醤油屋さんも出てくるようになりました。大阪では日用品として扱われていましたが、関東では製造はされず、上方(関西)から運ばれてきたものを「下りしょうゆ」と珍重して使っていました。※二年醤油は、この時代から続く伝統的な製法を守り続けています。 |
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| この頃には、江戸っ子の好みにあった濃い味の醤油が作られるようになりました。千葉県の野田・銚子では、原料となる大豆・小麦を作る平野に位置し、利根川・江戸川にも恵まれていたため、高品質の醤油が提供できたようです。 |
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| 第一次世界大戦後の好況時代に、醤油産業も大量生産体制に移行していきました。また昭和初期、原材料が入手困難になり、質の向上よりも量が必要とされるようになってきました。そのため、大量生産ができる温譲方式やアミノ酸醤油などが主流となってきました。 |
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